わたしは思います。 人は、自分が扱われたように、人を扱う。 だからこそ、わたしは――人を大切に扱いたいから、自分を大切にするのです。
最近、「善意」や「やさしさ」が、無意識のうちに“便利に使える存在”として扱われてしまう場面をいくつか見てきました。 それは、とても静かに、でも確実に心を削っていきます。
本来、誰かを支えたいという気持ちや、応援したいという想いは、 とても尊く、かけがえのないエネルギーです。 けれどそれが、対話もなく「当たり前」として扱われたとき、 わたしたちは“やさしさ”を出すことにさえためらうようになります。
わたしは、そんな流れをFramingしたいのです。
「自分のために時間を使った」 「自分の感情を守った」 「納得できないことにノーと言った」
そうしたひとつひとつの選択を、“わがまま”でも“冷たい”でもなく、 “自分の価値を守る選択”として文化にしていきたい。
誰かの創造や行動を大切にする文化は、 まず自分の創造や行動を、自分自身が認めてあげるところから始まる。
Framingは、その“はじめの一歩”に、光を当てる活動です。 表には出にくい感情や、声にならなかったことたちを、 言葉にして、フレームにして、見えるようにする。
自分のことを後回しにしがちな誰かに、 「あなたの選択にも価値があるよ」と、静かに伝えたいのです。
わたしは、Framingを通して、そんな文化を育てていきたいと思っています。 そしてまずは、自分のことを大切にするという選択から始めます。
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