言葉が報われない日に|人生の午後の韓非子

同じ言葉なのに、
受け取られ方が
変わることがあります。

いつも通り古典からのお話を一つ。

宋の町の男は、
息子と
隣人から
同じ忠告を受けました。

「土壁を直さないと泥棒に入られるよ」

そして忠告通り、泥棒に入られます。

男は言いました。

「うちの息子は知恵がある」

そして、こうも言いました。

「隣人は怪しい。」

同じ言葉なのに、
一人は褒められ、
一人は疑われた。

韓非子の人間観は
とても鋭い。

この寓話は、
中国の思想家韓非が『韓非子』の
「説難」で語る話です。

説得が難しいのは、
正しいことを言うのが
難しいからではない。

相手の心と立場を読み、
それを壊さずに
言葉を置くことが難しいのだと説きます。

私たちはつい思います。
分かれば変わるはずだ、と。

でも正しい忠告も
距離を誤れば疑いに変わる。

知識を持つことと、
それを扱えることは、
まったく別の力。

若い頃は、知ることが成長でした。
けれど、人生の午後に入ると、
問われるのは別のこと。

その正しさを、どう使うのか。

則非知之難也。
処知、則難也。

難しいのは、
知ることではない。
難しいのは、知ったあと、
どう扱うかである。

知は光 扱い次第で 影も生む

花子

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